
<中津市歴史民俗資料館 分館>
「医は仁ならずの術 務めて仁をなさんと欲す」 この言葉は、宝暦8年(1758)初代大江玄仙以来、代々御典医を勤めた大江医家に伝えられた言葉です。大江医家には、「解体新書」などの蘭学関係の史料も多く残されているほか、村上医家同様、医学はもちろん様々な資料が残されています。
|
中津市にはすでに、中津市歴史民俗資料館分館村上医家史料館があり、中津の医学・蘭学の歴史や医家の文化について展示し、医学・蘭学史の関係では、実に日本有数の施設と認知されるようになってまいりました。
大江医家史料館では、「解体新書」の刊行などのオランダ語の医学書の翻訳から始まる蘭学者の誕生、漢方と西洋医学の良いところを取り入れた「漢蘭折衷派」の代表華岡青洲の資料、明治に入ってからの歯科医第1号の小幡英之助や心臓拍動の謎を解明した田原淳博士などの資料も併せて展示します。
その他、平成15年3月に寄贈された「解体新書」(1774)以前に、長崎のオランダ通司によって翻訳された解剖書の図版「和蘭全躯内外分合図オランダぜんくないがいぶんごうず」(1682年ころ完成し、1772年刊行)も展示いたします。
両館の展示にあたっては、村上玄水が九州でも最初に人体解剖をした1819年の頃を境として、それ以前を”村上医家史料館”に、それ以後を大江医家史料館に、という理由は、漢方の医学の流れの主流が「人体解剖」を境として蘭学を学び、漢方にそれを生かすという方向に変わったと考えられるからです |
|