日本三大水城「中津城」

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公開日 2015年11月10日 14時06分

豊前統治の適地として中津城を築城

 官兵衛は、豊前入国当初、馬ヶ岳(うまがたけ)城(福岡県行橋市)を居城としたが、山城では城下町づくりができないため平地に移すことを考え、天生16(1588)年から中津城の築城を開始した。
 中津は、豊前の国のほぼ中央に位置し、周防灘に流れ込む高瀬川(山国川)に面しており、川を自然の堀として使える上、水陸交通の要地だった。また、広い平野によりこの地方有数の米どころでもあり、海運と商工業を押さえるにはうってつけの場所だった。

 
中津城
官兵衛が築いた中津城は日本三大水城のひとつ
   

【中津城築城 官兵衛、知恵の見せどころ】

黒田細川石垣境目
 
 本丸北側には、石垣にy状の目地が通る場所がある。川沿いの四角く加工された石が黒田の石垣、その上にのる自然石が細川時代の石垣として有名。
 本来、黒田時代は自然石の石垣のはずだが・・・・実は、官兵衛は中津城築城の際、川上にある福岡県上毛町の7世紀の遺跡「唐原山城」の石を持ち出し石垣を築いた。その結果、川沿いから北側にかけて、ほぼ7世紀の山城の石のみを使用した石垣ができあがった。直方体で、一辺が断面L字にカットされているのが目印。「早く効果的に」~官兵衛、知恵の見せどころだ。
 
 

【黒田時代の典型的な石垣は本丸南】

九州最古の近世城郭石垣
 
官兵衛が築いた石垣には、当時の最高技術である穴太積みの技法が用いられている。石は全て花崗岩の自然石。ノミで削った痕跡が一切なく、石の本来の特徴を活かして積まれており、その典型的はものが本丸南側の石垣だ。石の角は直線的にのび、反りがなく、また石垣上端がゆるやかなカーブを描いている。「輪どり」といって、カーブさせることで石垣を崩れにくくする技法である。
 
 

地図

中津城

お問い合わせ

企画観光部 観光推進課
住所:〒871-8501 大分県中津市豊田町14番地3
TEL:0979-22-1111
FAX:0979-24-7522
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