別名大貞八幡と呼ばれ、宇佐神宮の祖宮とも伝えられる。
薦神社と三角池
 承和年間(834〜848)の草創と伝わり、三角池を御神体とし、池を内宮、社殿を外宮と称しています。宇佐神宮との関係が深く、宇佐行幸会の際に神輿に納める霊代の枕は三角池の真薦で作るのが習わしでした。社殿は、三角池の東に位置し、本殿、申殿、拝殿を南北に並べ、周囲を築地塀で囲み、東側に神門が開いています。周囲は鬱蒼とした社叢に囲まれ、朱塗りの社殿とともに優雅なたたずまいとなっています。
 内宮である5ha余の池と外宮の社殿は大分県の史跡及び天然記念物に指定されています。池は三角池(御澄池)と呼ばれ、池そのものが御神体です。池に自生する「真薦」を刈り取って池の敷島で乾かし、宇佐八幡宮の「御枕」にしたと伝われます。三角池は掌を置いたような形をしていて、手の先にあたるところに三つの沢があります。入り江状の沢は浅く、ハスが密生していたり、真薦の群生地あるいはハンノキ林となっていたりします。また、社殿のある一帯はコジイ=クロキ群集の常緑広葉樹林に覆われ、イチイガシ、クスノキの巨樹と併せて境内林を作っています。
  
薦神社神門
 三軒一戸の二重門で、初重の前後にもこしをつける。屋根は入母屋造りこけら葺で、もこし前面は唐破風となっています。薦神社の神門は、平面規模に比べて成りが高くなっており、初重にもこしをつけて全体の釣り合いを取っています。他に類例のない、江戸時代初期の大変珍しい形式の二重門であることが認められ、昭和63年(1988)に重要文化財に指定されました。
 細川忠興は、元和2年(1616)に長らく途絶えていた宇佐行幸会を再興します。その時に、宇佐宮の建立に続いて薦神社の社殿も再建されました。現在の社殿は江戸時代末期のものですが、唯一神門は、元和8年の細川忠興の造営によるものが現存しています。
 細川氏の造営のあと、小笠原、奥平氏、明治から昭和にかけて大小さまざまな修理が施されてきました。この修理をつうじて、神門は少しづつ姿を変化させてきました。平成7〜9年にかけて神門は解体修理が行なわれ、造営当初の痕跡を調査しながら解体を行ない、当初の姿に復元されました。

電話番号 0979-32-2440
住所 〒871-0153 大分県中津市大字大貞209  
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