名勝耶馬渓六十六景

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公開日 2011年10月01日 00時00分

中津市は、奇岩秀峰や渓谷美などの素晴らしい自然景観に恵まれ、四季折々に多くの観光客が訪れています。
この自然景観は、「史蹟名勝天然記念物保存法」により、大正12年3月に「名勝耶馬渓」として指定を受け、昭和11年7月の追加指定とともに、昭和25年7月に、「耶馬日田英彦山国定公園」の一環として指定も受けています。
「名勝耶馬渓」は、中津市、玖珠町、宇佐市の広範囲に及び、それぞれの特色により代表的景観として“六十六景"が指定されています。
このページでは、六十六景のう「耶馬溪地域の二十三景」を紹介します。
(名勝耶馬渓六十六景:平成11年大分県発行書籍参照)

 
山移川筋の景

No.19 山移川筋の景
国道212号柿坂から県道森耶馬溪線に入り、山移から深耶馬溪を経由し、玖珠町境までの山移川筋の景

深耶馬溪の入口から山移川を遡り、玖珠町まで川沿いに展開する耶馬溪の岩峰が様々な姿を見せ、清流山移川の流れと岩峰は見事な風景を演出している。

 
立留りの景

NO.20 立留りの景
国道212号を耶馬溪方面に進み耶馬溪町平田の手前国道沿い背後の岩山で対岸から良く見ることできます。

国道212号に接する巨岩の山でこの下を通過するとき今にも巨岩が落下しそうな恐怖さえ覚える。この景は今から200年前に、一夜轟然と大音響を発して巌腹崩落して今日の景をないたという。対岸の中村集落から眺めると風景はすこぶる絶景である。この景は道行く人も立ち留まって眺めるので、この名がついたという。口伝えに、この山は有名な尺八の竹材料を産するところで、江戸時代にはここの竹材を将軍家に献上する慣例があったといわれている。また、この景の前の山国川には、大正12年に架けられた「馬溪橋」が勇壮な姿を見せている。

 
平田城跡の景

NO.21 平田城跡の景​
国道212号の耶馬溪平田から山国川に架かる馬溪橋を渡ると正面に小高い山があり、山上からの木の子岳などの眺望は素晴らしい。

建久年間(1190~1197)長岩城主野中重房が築城したもので、野中氏代々の抱城として、一族または重臣を城主におき山国川流域の備えにあてていた。天正16年(1588)黒田長政は豊臣秀吉の命により豊前の諸城を落とし、長岩城を迫った。その時この城も攻められたが激しい戦いはしていない。長政は戦功のあった栗山備後利安(大膳の父)に居城として与えたものである。この城下は、田が広く米の生産に恵まれているので白米城と言われ、平田城は最近の呼称である。黒田騒動で福岡藩52万石を支えた筆頭家老栗山大膳利彰が生まれ育った城として有名である。城址は小高く、城としての構想は残っているが、当時のものと思われる遺構はない。
紙芝居

 
岩洞山の景

NO.22 岩洞山の景
国道212号を耶馬溪方面に進み、多志田集落から右手町境の橋を渡り、正面岩屋集落の背後に見れます。

この景は、国道212号から眺めると岩屋集落の上で、岩の形が自然観音の妙趣を現しているので、一名補陀落岩ともいい溪中の奇勝である。山下の久福寺境内の岩窟内に勝宮守夫妻が眠る墓があり、閑静優雅なところである。
紙芝居

 
鳥帽子岳の景

NO.23 鳥帽子岳の景
国道212号を耶馬溪方面に進み、県道豊前耶馬溪線との交差点の手前、山国川を挟んで、対岸の鳥帽子岳岩峰をいいます。

山国川に津民川が合流する付近に、近くの酔仙岩、朝天峰の景と相対するところにある。標高532mの中腹以下の山国川に接する付近一帯には怪奇な岩峰、石柱、洞窟が多数見られる。これらの景は凝灰角礫岩の造る奇勝で耶馬溪層の上に筑紫溶岩をのせているためで見事である。

 
酔仙岩の景

NO.24 酔仙岩の景​
鳥帽子岳対岸の国道212号から仰ぎ見る岩峰で、鳥帽子岳下(製材所側)のサイクリングロード鉄橋から良く見れます。

鳥帽子岳対岸の国道212号から仰ぎ見る耶馬溪層凝灰角礫岩の岩峰で、山頂一帯はシデ、アカマツが育ちその間に風化された20余の岩峰が露出し、頼山陽の入溪のとき、この景を見て「25菩薩が楽を奏して至るが如く」と述べたという。

 
大屋敷の景

NO.25 大屋敷の景​
柿坂の手前、朝天峰の景と対峙した国道212号沿い背後の岩峰でサイクリングロード鉄橋から良く見れます。

標高500mの高城山が山国川に接するところにあり、酔仙岩と同様の景観地。頂上には築江城跡がある。この付近は、鳥帽子岳、朝天峰などの奇岩秀峰が林立し山国川流域で最も凝灰岩風景が集中しているところである。これらの奇峰の下の山国川には河床に岩脈が起伏して竜のように連なる琵琶淵、表面の平らな眺望的など変化に富んだ岩礁が多く見られる。

 
朝天峰の景

NO.26 朝天峰の景​
柿坂の手前、山国川を挟んで大屋敷の景と対峙した小川内集落背後の岩峰群で、津民、柿坂両側から見れます。

小川内集落背後の岩峰群。津民側と柿坂側の両面から眺められるところで耶馬溪層に筑紫溶岩の地形で岩質の違いは岩峰、石柱の輪郭、石質、洞窟などに変化を与えている。

 
擲筆峰の景

NO.27 擲筆峰の景​
耶馬溪支所裏の山国河畔駐車場から山国川を挟んでの正面の景です。近くにサイクリングターミナルがあり、自転車の貸し出しとともに宿泊もできます。

頼山陽が、耶馬溪図巻記に「此の山に至り筆を投じて嘆ず」と紹介し「嗚呼造物奇怪、画手亦写し至らざるものあり」と激賞した景勝地である。山国川の深淵に岩峰、石柱の屹立した姿を倒映し、岩頭を彩るマツなどの樹木が良く茂り、岩峰と水景が良く調和している耶馬溪の代表的名所である。標高350mの擲筆峰が東にのびて山国川に臨む山稜一帯に耶馬溪層と筑紫溶岩の造る岩峰には縦に節理の大きな露出を見せるもの、岩柱となるもの、洞窟となるものなど変化が見られ中でも中山の大洞窟は、内部が乾燥して昔はバクチ場といわれた奇岩である。岩峰や洞窟は昔と変わらないが岩頭の巨松も枯れ、河川改修により深淵も頼山陽が激賞した当時とは環境も大きく変化した。河畔に山陽翁曽遊記念碑が立っている。
紙芝居

 
祇園洞の景

NO.28 祇園洞の景
柿坂の国道212号沿い耶馬溪中学校横の山移川に架かる祇園橋頭の山腹に見れます。

柿坂と杉畑の間を流れる山移川にかかる祗園橋頭の山腹に巌洞窟があり、ここに祇園社を祀ってある。ここからの眺望も頗る絶景である。また奇岩より樹木が横に倒れたまま生じているのがはなはだ奇異であると、頼翁記文にある。

 
山瀬の景

NO.29 山瀬の景​
国道212号柿坂から県道森耶馬溪線に入り、物部トンネルを過ぎた左手県道沿いの岩峰で対岸から良く見れます。

物部から柿瀬にかけ県道上の三個の岩山をいう。岩壁層畳して台地をないしている。
ダム湖畔は水上ススポーツが楽しめ、又ダム建設記念公園「溪石園」もある。
溪石園

 
不動岩の景

NO.30 不動岩の景​
鴫良から県道耶馬溪院内線を通り、岩屋から分岐して県道深耶馬玖珠線を約500m、左手市道を200m入いると右手前方の小高い丘の上に見ることができます。

不動尊像に似た巨石をのせた丘が見える。この巨石のあるところが不動岩の景である。この付近は標高400~500mの耶馬溪溶結凝灰岩の広大な高原続きで、、不動岩は470mの丘の上に立つ高さ15m幅6m(目測)の巨石で、クヌギの疎林の中に一つだけ大きく露出する様は偉観である。

 
蜘蛛ノ窟の景

NO.31 蜘蛛ノ窟の景​
鴫良から県道耶馬溪院内線を通り、岩屋から分岐して左手市道を岩屋集落に約500m入ると左手に小高い山が見えます。

岩屋富士といわれるビュートの岩峰露出の山がある。その東南側にある洞窟をいう。洞窟はスギ、クヌギの造林地に囲まれて遠方からは見えない。洞は入口の高さ5m、幅4m、奥行18m位であるが、穴の突き当たり高さ5mのところから穴は更に奥まで続き、奥行はいくらあるかわからない。

 

NO.32 深耶馬溪および麗谷の景

深耶馬の景

深耶馬の景​
県道森耶馬溪線沿いの深耶馬公共駐車場や一目八景展望台からの眺望は有名です。

一目八景・・・深耶馬溪の中心地、群猿山、鳶巣山、四手の尾、夫婦岩、雄鹿長尾の峰、鳥帽子岩、仙人岩、海望嶺などの周囲の岩峰群が一望されることからつけられたもので、もみじ谷と麗谷との入口です。
もみじ谷・・・一目八景から鹿倉トンネルまでは、左右に切り立つ岩峰が県道両岸に県立し、その間にヤマモミジをはじめ、常緑落葉広葉樹が良く茂り景を引き立てて景趣を添える、特に道路沿いの渓谷を覆う巨大なモミジが見事で河床の苔むした岩石に深い影を落とし、新緑、紅葉期ともその美しさには目を見張るものがある。一家は以後にある南平台の大岸壁、南無妙法蓮華経の大文字を刻んだ弥陀ケ岩、一名八間岩ともいわれる軍艦岩などがある。
紙芝居

 
錦雲峡の景

錦雲峡の景​
県道森耶馬溪線沿い深瀬谷の中心付近から分岐する谷筋の景です。

深瀬谷の中心付近から、東に分岐する谷筋にある景を代表する。いわゆる錦雲峡で谷の川内、尻高など東奥山一帯の景の総称。この景は谷が深く、両岸に絶壁が迫り、その中に鋭い、岩角のある岩峰が筍のごとく突出している。

 
折戸の景

折戸の景​
県道森耶馬溪線鴫良から県道耶馬溪院内線に入り、折戸周辺の県道沿いに見ることができます。

山移川の支流、折戸川は上流の奈女川一帯を含めて大蛇行する河川で、見事な?入河川である。川の蛇行がそのまま渓谷をつくり両岸に岩峰、絶壁が川に沿って大きく展開している。奈女川にある滝は周囲を岩峰で抱かれた渕に川全体が低い落差で落ちてくる景観は、神頭の滝とともに有名である。一方、折戸川本流域に岩下、宮ノ先、大戸などの大岩峰群が道路に迫り屹立する豪快さは見事である。
光円寺のしだれ桜

 
麗谷の景

麗谷の景
県道森耶馬溪線一目八景から西方に分岐して山移川を渡り、鳥屋集落につづく玖珠群境の渓谷です。

ここは深耶馬溶岩台地のU字型の渓谷で、谷の川底は一枚の岩盤でできており、清流は緩やかにその川面を4~5cmの深さで綾目に流れている。そのため布目の渓谷ともいう。自然道がつけられてからは、徒歩も楽になって両岸の奇岩秀峰と周辺のイロハモミジ、ツクシシャクナゲの樹木美に渓流の美と三つ拍子整った名所となっている。両岸の主な岩峰に雄鹿長尾の峰、母子岩、曙岩、巌門岩などとともに、渓谷には3段、5段や出合の滝などがある。

 
大谷渓谷の景

大谷渓谷の景​
県道森耶馬溪線鴫良から県道耶馬溪院内線に入り、岩屋から分岐して県道深耶馬玖珠線の玖珠境にある渓谷一帯です。

ここは深耶馬溶岩台地のU字型の渓谷で、谷の川底は一枚の岩盤でできて奈女川上流の渓谷で、耶馬溪溶岩により形成された一枚岩の川底が続き、かかとを洗うせせらぎ、両岸にはモミジ、石楠花があり盛夏の仙境である。

 

NO.33 金吉谷の景

伊福の景

伊福の景
国道212号大島から県道平原耶馬溪線を伊福まで行くと、伊福盆地を取り巻くように岩峰群を見渡せます。

伊福盆地を取り巻くように清水谷、明光山、三方岩城、鉾岩などの鋭い直立の節理を持つ岩峰が起立し、岩脚の民家や田園の佇まいと良く調和して遠近の眺めは絶景である。この一帯の奇岩は表面が比較的滑らかなためツタ、カヅラの着生が少ないのが特徴でそのため岩峰が目立っている。平成10年11月に開通した伊福と深耶馬を結ぶ広域農道沿いにも、すばらしい景色を見ることができます。
後藤又衛兵の墓
紙芝居

 
山浦の景

山浦の景​
国道212号大島から県道平原耶馬溪線に入ると、右手、金吉川を挟んで対岸に岩峰群を見ることができます。

金吉川の左岸、梶ケ原から山浦西を経て、並石川の左岸、田代集落に至る鎌城台の東南部の斜面の岩峰群を山浦、別名九峰環とも名付けている。この付近はビュートの集合地で造形の美を見せる。
この集落の、「光円寺の格天井」は有名である。
光円寺の格天井

 
幸田峡の景

幸田峡の景​
国道212号大島から県道平原耶馬溪線に入り、すぐ左手の県道山移大島線に入ると県道沿いに岩峰が見れます。

この景は下郷に近い県道山移大島線の幸田川流域の景で、上切、草場、兎登などに岩峰が見られるが、造林が進み折角の景を隠してしまってる。

 
堤鶴の景

堤鶴の景
国道212号大島から県道平原耶馬溪線を約5km、山浦の景を過ぎて県道沿い左手山腹にみることができます。

金吉川流域の赤岩谷、花山、七福岩、木の葉岩、鶴岩、カツラカケなどの奇峰、絶壁の景勝地で岩峰のヤマモミジ、ハゼノキなどの広葉樹が景趣を添えている。

 
山田の景

山田の景​
平成10年11月に開通した伊福と深耶馬を結ぶ広域農道を深耶馬溪方面へ約600m行き、広域農道沿い右手案内板から徒歩約5分で到着します。

この付近は、わずかな水田を中心に四方を岩峰の山が囲み仙境に遊ぶ感がする。この景の中心をなす山田の大石は狭い水田の中にどっかりすわり周辺の岩峰群の展望地ともなっている。大石は高さ6m幅15m周囲70m位もあろうか。

 
潜岩の景

NO.34 潜岩の景
国道212号津民入口から県道豊前耶馬溪線を約4km行くと右手下、津民小学校前の津民川を挟んで対岸に見ることができます。

津民川に沿ってそびえ立つ奇岩で窟曲し、その間から湧き出た清水は麓に流れ、風致はすこぶる優美でいたるところに大小の洞穴がある。背後には桧原の霊峰を望む絶景の地である。中腹には有名な「桧原マツ」の天台宗正平寺があります。
桧原マツ

 
柾木の滝の景

NO.35 柾木の滝の景​
国道212号津民入口から県道豊前耶馬溪線を約6km行き、左手県道津民中摩線を400m行くと駐車場があります。案内板に従い川沿いに下りてすぐ左手にあります。

柾木川が津民川に合流する付近にあり津民の代表的な滝として古くから知られている。周囲を樹木に囲まれた柱状節理の美しい渕の中に上滝、中滝、下滝と三段になって落下する壮観は美しいと定評がある。滝の高さは上から3.5m、3m、5mで豊富な水量は周辺に木霊して楽しい雰囲気を醸成する。なお、滝の僅か下流に小規模の堰があり、この堰をわたって対岸のクサリのついた大岩の上から観賞できる。

 
柾木の景

NO.36 柾木の景​
柾木の滝から約2km県道津民中摩線をのぼり、萩原バス停から左手の町道200m進むと前方に大岸壁、右手県道上山山腹に岩峰を見ることができます。

落合集落から柾木川に沿って県道津民中摩線を2.5kmほど行くと右手に奥畑の景、左手にウメノキの大岸壁が見え、ナメシ、オビノキ渓谷などのある柾木の景がある。この付近は、中摩殿畑山、樋桶山などの原生林を背景に奇岩、秀峰、岸壁の集合する地域で津民耶馬溪を代表する景勝地である。これらの風景は耶馬溪層のうえに筑紫溶岩が乗ったのが風化水食によって侵食され造られたもので岩峰群の群立地である。中でも、ウメノキ台の直立100m幅500mにも及ぶ南と北側に大きく露出する景観は見事である。

 
落合の滝

NO.37 落合の滝
国道212号津民入口から県道豊前耶馬溪線を約6km行き、右手に分岐して約500mで道路左手に滝下り口があります。

滝の落差は7mで特に変化はないが、滝壺を囲む岸壁の節理の美しさは柾木の滝に比較され、まことに優美である。滝のある周辺は川沿いに多少の樹木が見られるが、周辺部は水田でこの水田地帯にこのような滝があるとは思われない。しかし、川岸に降りてはじめて川床いっぱいに積み重なる角のとれた岩石を見るとともに節理の美しい滝壺に接して名勝地としての感銘を受ける。

 
川原口の景

NO.38 川原口の景
国道212号津民入口から県道豊前耶馬溪線を約6km行き、右手に分岐して約3.5kmの川原口バス停前対岸一帯。

川原口長岩にある山城の遺構で、野中氏の代々の居城跡である。建久9年(1198)豊前守護職、宇都宮重房の築城したもので、本丸跡に礎石、石畳、弓型砲座などが残っていて九州に数少ない古い山城として貴重な存在である。野中氏は、本家宇都宮氏とともに豊前に一大勢力を誇ったが、天正16年(1588)黒田氏の攻めで廃城となった。長岩城跡の石垣は鉄平石を野面積みした独特のものである。この付近は巨岩と秀峰の連続でこれを川原口の景という。これらの岩峰群は県道豊前耶馬溪線に平行して1kmにわたって連なっているため良く望見され偉観を呈している。この一帯は、標高646mの高平山、610mの扇山がその裾を川原口の谷にのばし、鷹岩、中尾峰、扇峰、宇洞岩などの奇岩を作り、それが連続して美を競い絶妙の景趣である。
長岩城址
紙芝居

 
鋸岩・古峠の景

NO.39 鋸岩・古峠の景
国道212号津民入口から県道豊前耶馬溪線を約10km行き、小屋の原集落の背後に鋸岩の一部が望めます。

津民の相ノ原、小屋ノ原集落の北方、福岡県境をなす経読岳と雁股山を結ぶ尾根一帯は鋸の歯の如く奇峰が連続し偉観である。この景は標高748mの裾山や、小屋ノ原から福岡県の合河や岩屋に結ぶ古峠付近からよく望見できる。

 
福土の景

NO.40 福土の景​
国道212号平田から県道東上戸原線を約2km行くと、右手芦木集落の背後に見ることができます。

山国川の支流、三尾母川の上流に芦木谷、馬谷谷城跡、薬師洞の景がある。芦木谷は立石を中心に競秀峰を彷彿させる景勝地で岩肌を彩る蘇苔類の着生は見事である。薬師洞は一名八間岩門とも呼ばれ、高さ、幅とも15m、奥行き16mほどの乾燥した洞窟で、洞内に木造の薬師如来像3体と小物2体が安置されている。この洞を昔は瑠璃光窟と名付けていたのは、窟内に薬師如来12体が安置され光り輝いていたことのよると伝えられている。山頂やや平らな山姿が馬の形に似ているためその名が出たといわれ、馬台城又は福土城跡がある。

 
一ツ戸城山の景

NO.41 一ツ戸城山の景​
国道212号を日田方面に進み、耶馬溪町境の一ツ戸隧道背後の山で、山国川河川敷から良く見えます。

建久3年(1192)友杉民部中間郷の地頭となり築城したもので、友杉氏を祖とする中間氏代々の居城であった。豊臣秀吉の命により黒田長政豊前攻めの際、知略にたけた城主中間統胤は、機を見ることで敏で黒田氏と和解し存続した。後、黒田の姓を賜り黒田六郎佐衛門と改名し、黒田藩の重臣となり福岡城に転封した。秀吉の一国一城令により廃城となり、後、中津藩は城番を置き重要視された。本丸は標高380mの断崖上に築かれた堅固な山城で、雑木林の中に自然の岩石を利用して造られた石積み、石垣、曲輪等の跡がある。城門跡と見られるところから多数の古瓦も出ている。南方断崖の下は山国川で、昔は豊前豊後の交通の要所であり文化2年(1805)一ツ戸隧道が貫かれた。麓の一ツ戸集落はかつては、城下町として廃城後は宿場町として栄えた。

 

お問い合わせ

耶馬溪支所 耶馬溪地域振興課
住所:〒871-0405 大分県中津市耶馬溪町大字柿坂138番地1
TEL:0979-54-3111
FAX:0979-54-2646
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